他人を評価するモノサシの話

こんにちは、プロスポーツ選手も通うリハビリテーションの櫻井優司です。

大学の先生から、面白い話を聞いてきました。

それは「知的な人物かどうか」という判断の基準というもの。

人は、「頭が悪い」と言われることを極端に嫌います。

知性が人間そのものの優劣を決めるかどうかは、私はわかりません。

しかし、 実際には、「知的であること」は現在の世の中において有利であるし、 組織は知的な人物を必要としているという事実があるのは確かですね。

頭が良い、悪いとは?

では、「どのような人物が知的なのか?」

それについては曖昧で、人々の判断が別れるところです。

世の中を見渡すと、人はあらゆる属性を持っていますね。

例えば学歴、職業、資格、言動、経済的状況などが 「知的であるかどうか」のモノサシとして使われています。

しかし、このモノサシの困るところは、根拠があるものないもの含め、 ごちゃ混ぜになっているところです。

知的をはかる5つの態度

私がこの先生からお聞きした話はこうだ。

「人間の属性と、知的であるかどうかの関係はよくわからないが、 少なくとも私が判断をするときは、五つの態度を見ている」 という。

エピソードを交え、様々な話をしていいただいたのですが、 その5つは他のところでも目にしている方もいるでしょう。

その5つは、次のようなものでした。

1.異なる意見に対する態度

一つ目は、「異なる意見に対する態度」。

知的な人は異なる意見を尊重するが、そうでない人は異なる意見を「自分への攻撃」とみなす。

(いわば、逆切れというところだ。)

2.自分の知らないことに対する態度

二つ目は、「自分の知らないことに対する態度」。(無知は喜びで、探求の対象になる。)

知的な人は、わからないことがあることを喜び、怖れない。また、それについて学ぼうする。

そうでない人はわからないことがあることを恥だと思う。

その結果、それを隠し学ばないのだ。

3.人に物を教えるときの態度

三つ目は、「人に物を教えるときの態度」。(指導は指導方法の精査と吟味なのだ。)

知的な人は、教えるためには自分に「教える力」がなくてはいけない、と思っている。

そうでない人は、教えるためには相手に「理解する力」がなくてはいけない、と思っている。

4.知識に関する態度

四つ目は、「知識に関する態度」。(知識の質や量よりも尊敬できるのが大切。)

知的な人は、損得抜きに知識を尊重する。

そうでない人は、「何のために知識を得るのか」がはっきりしなければ知識を得ようとしない上、 役に立たない知識を蔑視する。

5.人を批判するときの態度

五つ目は、「人を批判するときの態度」。(知識の先に何が待っているか予想する。)

知的な人は、「相手の持っている知恵を高めるための批判」をする。

そうでない人は、「相手の持っている知恵を貶めるための批判」をする。

知的であるとは何か

五つの態度をモノサシにすると浮かび上がるのは、「知的である」というのは頭脳が明晰であるかどうか、という話ではないということです。

自分自身の弱さとどれだけ向き合えるか」 ということが知的さの肝であり、忍耐と冷静さを必要とするということなのです。

加えて、知的な人は判断基準を迷ったときには、口に出しメモを繰り返し、 考えをまとめるという作業を繰り返すという。

これも一つの判断基準かも知れませんが、多くの意見を取り入れ、相手の知識や情報を取り入れる人こそ”知識人”であるということですね。

またその先生は、「知識の少なさを前進するための”起爆剤”にして邁進する姿こそ尊敬に値する」とおっしゃっていました。

自分のスプリングボードをいくつ持っていますか?

今、ここから躍進につなげましょう。

くさって、意固地になって、殻に閉じこもっている場合ではありませんよ。

ジャンプする若者3人のシルエット